価値創出のための効果的な データ戦略

Author: Rajul Kambli, CISA, CMA
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データは新たな時代の石油であると言われることが多い。この格言は、データの重要性と価値はもちろん、組織や個人に対してデータが与える影響力も示している。データ戦略の最も重要な目的の 1 つは、組織の目標と長期的なビジョンを実現するまでの道筋を与えつつ、その実現を支援することである。したがって、基本的な前提条件として、データ戦略は、事業目標に関連付けられる。

組織の日常的な業務や活動に影響を与える様々な行動に関して、その行動が戦略的であれ日常的であれ、データが根拠となる。データは意思決定を促し、組織の機能に重大な影響を与える傾向があるため、データが信頼性、一貫性、適時性を有することが必須となる(図表 1)。

マスターデータとトランザクションデータは、組織のデータの要である。したがって、データ戦略はこの 2 種類のデータを基点に進化し、それらを中心に展開する。マスターデータとは、ビジネスオペレーションに不可欠な中核データを表す。この中核データは、組織のビジネスの性質に応じて異なる傾向がある。トランザクションデータは、トランザクションから生じる情報である。マスターデータに比べ、繰り返しが多い点が特徴である。 図表 2 は、マスターデータとトランザクションデータを整理し、組織の性質に基づいて各カテゴリ別にデータの種類を示している。図表 3 は、データ戦略の要素を示している。

データ管理の集中化

データ戦略が焦点を当てるべき最も重要な要件の 1 つは、集中化されたマスターデータのメンテナンスである。これは、組織全体で信頼できる唯一の情報源として役立つことを意味する。集中管理は正確性だけではなく、効率性をもたらし、それにより信頼性と一貫性を有する経営情報システム (MIS)の報告作成をサポートする。

集中管理されたデータの主な利点には、以下が挙げられる。

  • 組織内でのレコードの重複を避ける
  • レコードの作成と更新におけるコントロールとコンプライアンスを推進する
  • プロセスの標準化とレポートの統一性へ導く
  • 監査とコントロールを容易にする

組織が使用するエンタープライズ・リソース・プラニング(ERP)やオペレーティング・システムがなんであろうと、データの集中管理は、組織内の全員がシームレスにデータを使用できるように、中央リポジトリ(データベース等)をメンテナンスすることにより実現できる。レコードの作成、編集または削除のプロセスは、確立されたコーポ レート・ガバナンスおよびコントロールと同期された承認プロセスに従って実行すべきである。例えば、ベンダーレコードへの変更はサプライチェーンマネージャによって承認され、従業員レコードは人事部によって管轄され、銀行口座の詳細情報は財務部によって管理される等。

例として、ある州で 10 の支店を持つ組織が、ABC Inc.というベンダーとどのように取引しているかについて考察してみよう。各支店がこの同じベンダーに対して 1 つのベンダーレコードを作成する場合、この組織は ABC Inc.に対して 10 個のベンダー用口座を持つことになる。例えば、この同じベンダーに関する支店のレコードの変更が発生するたびに、1 つの銀行口座には 1 つの支店からアクセスされ、残り 9 の支店には履歴レコードが残る。これにより、データの不整合と重複作業が発生するばかりか、MIS での不整合も発生する。

データ管理の集中化により、重複作業は一掃さ れ、一貫性が推進される。ABC Inc.用のレコードを 1 つだけ作成すると、すべての支店からアクセスが可能で、当該レコードの更新または変更がある場合は、サプライチェーンマネージャによって承認される。集中管理は、定期的に生成されるログに基づく、マスターデータへの変更に関するコンプライアンス監査にも一役買う。図表 4 は、重複作業が排除される様子を示している。図表 4 では、同じベンダーデータが新規のレコードではなく、属性の一部として全支店に拡張されている。

データ共有と柔軟性

データの集中化は、データの作成とメンテナンスを中央に集約させるが、組織内の各部門はその集中管理された情報を使用する必要がある。例え ば、図表 5 は、サプライチェーン、物流、財務、税務の各部門がどのようなベンダーの関連情報を必要とするかを表している。同様に、クライアントに関連するデータは、営業、オペレーション、財務、税務の各部門が必要とする。したがって、複数の部門からのアクセスを円滑にするデータ構造が必要になり、データリポジトリへのアクセスは、業務上の必要性に基づくべきである。これにより、データの可用性が最適化され、重複が最小限に抑えられ、組織全体で同じ情報の使用が促進される。

トランザクションデータの中央リポジトリから、各部門が必要とするレポートをカスタマイズすることで、重大な価値を付加できる。レポートのカスタマイズにより、以下のように情報整理がしやすくなる。

  • 顧客、金額、支店別の月次売上レポート
  • 一定期間のトップ 10 ベンダー
  • 一定期間のトップ 10 サプライヤ
  • 1 か月のキャッシュアウトフロー
  • 一定期間に顧客およびベンダーによって取り扱われた重量

リアルタイム

現在のデータ戦略の重要な要件は、情報に基づいた意思決定を推進するために、ビジネス/マーケティングインテリジェンスをリアルタイムで利用できることである。ビジネスインテリジェンス(BI)および マ ー ケ テ ィ ン グ イ ン テ リ ジ ェ ン ス ( MI)は、データ戦略の重要な要素であり、組織の目標と整合させる必要がある。これら 2 つの要素をデータ戦略の一部として組み込むことで、組織は情報に基づいた意思決定を行い、組織の戦略的ビジョンを先導しやすくなる。

BI は、ビジネス活動によって生じたデータの収 集、保管、分析を行うプロセスである。したがって、ほとんどの BI はトランザクションデータに基づく。BI の副産物としてデータアナリティクスが誕生した。

MI は、製品、販売地域、その両方の組み合わせについて、参入予定の地域において組織が収集する外部データである。

データの役割は、受身的な意思決定から積極的な意思決定の推進要因へと、劇的な変遷を遂げた。この変遷を図示するため、図表 6 では、ある自動車メーカーの四半期決算を示している。

経営者がレビューするために各データを適時に利用できることは、なぜトラクター部門の売上が長期にわたり落ちているかを評価するために不可欠である。多くの組織では、トラクター部門に着目し、数四半期連続で赤字に転落している様子を見て不採算部門と判断し、事業部の閉鎖と好調な部門への集約を検討することになるだろう。しかしながら、この判断は以下の要素を考慮せずに、データの受身的な解釈に基づく可能性がある。

  • トラクター部門の運営費用が高騰している理由
  • 在庫品のリードタイム長期化による売上原価の高騰に影響を与える要因
  • トラクターの季節需要

このような場合、データ戦略は、売上原価を下げるために役立ちそうなデータの収集と分析に焦点を当てるべきである。そのための手段を以下に挙げる。

  • 在庫品の調達に関するリードタイムを短縮するための対策を講じる
  • 過剰在庫または在庫切れ状態を避けるため、リードタイムに再発注レベルを織り込むことを始める

より重要なこととして、データ戦略は、特定の国や地域におけるトラクターの将来需要に関して、洞察を得ることにも役立つ。トラクター市場全体は成長が期待されており、現在の結果だけに基づく受身的な意思決定は、間違いとなる可能性が ある。

データ戦略は企業戦略と整合させる必要があり、事業体の現在の目標が市場シェアの獲得と販売領域の拡大であれば、時としてある製品は利益を上げない場合がある。このような場合、図表 7 に示すように、市場全体および自社の市場全体に占めるシェアを可視化したレポートをデータ戦略に含めるべきである。

図表 7 は、電話機 H のメーカーが現在市場シェア 3 位であることを示している。組織の戦略的目標に基づき、利益は低く抑えても、次の 2 四半期では第 2 位の市場シェアを目指すという判断が可能である。これにより、大量の広告やプロモーションなどの要素に注力することで、組織の販売促進活動を正しい方向へ導くことができるであろう。

セキュリティ

あらゆる事業体にとってデータは極めて重要であり、その管理方法は非常に注目されるので、データのセキュリティを見逃すわけには行かない。

人々の生活が互いに接続される現代では、保有するデバイスもまた相互に通信する。現在、Facebook、 Twitter、Instagram 等のソーシャルメディアプラットフォームでやりとりされる個人データの量は膨大で、個人データを何らかの目的で利用する前にその安全性を保つことが急務となっている。したがっ て、データを取り扱う上で、データセキュリティ、データマイニング、データの可視化、分析の分野での拡張機能が求められている。

組織が自社データをデジタル化する速さも、データセキュリティに今までになく大きな課題を提示している。事業体は、情報に基づいた意思決定を行うためにデータを必要としているが、データの保護およびデータ利用を業務上必要なユーザーのみに限定することは、最大の懸念点の 1 つであ る。顧客との契約において価格に関連する機密データが、営業部門以外のユーザーからもアクセスできる場合、あるいは医療システムや保険会社にデジタル保存されている患者の医療情報に誰でもアクセスできる場合を想像してみよう。

データセキュリティの範囲は極めて広く、データに対するリスクは内部および外部の原因から発生する可能性がある。内部のリスクおよび脅威からデータを保護する場合、以下の基本的な考慮事項がある。

  • 物理的アクセス—基本的なリスク軽減要因として、無許可の立ち入りの管理が挙げられる。これは、オフィス(特に売上、金融、財務などの機密データを保管している場所)への立ち入りを認識し許可するバッジを配布する方法である。
  • パスワード—組織でパスワードの基準を設けると、データの安全性に多大な影響をおよぼすことができる。多くの組織では、以下の基準を強制している。
    • パスワードは 3 か月ごとに変更しなくてはならない。
    • パスワードは繰り返し使用してはならない。
    • パスワードには特殊文字、小文字/大文字を使用しなければならない。
    • 生体認証や二段階認証等の追加認証方式を利用しなければならない。
  • トレーニングおよび意識向上—脅威を与える可能性がある電子メールについて、スタッフ間で意識向上を図ることは、最もよく利用される予防措置の 1 つである。フィッシングメールを認識するだけでなく、アイコンをクリックするだけで報告する(図表 8 参照)ことを従業員に教えるのである。

データへの脅威を管理するにあたり、ファイア ウォールやセキュリティパッチの適時更新もよく利用される。また、データ戦略には、モバイルセキュリティ、サイバーセキュリティ、クラウドセキュリティ等の様々なセキュリティ要素を含める必要がある。

自動化

自動化は、発生源で取り込んだデータの品質に完全性を与える。人手による介在は人的ミスに弱いため、データの全体的な品質が損なわれてしま う。自動化によるデータチャネリングに焦点を当てる戦略は、信頼できるだけではなく、コントロール限界に関する監査の必要条件も満たしてい る。さらに、自動化は、発見的コントロールに依存するのではなく、予防的コントロールを活用することにも一役買う。

自動化の利点の一例として、キャッシャーに製品の購買情報を手入力しているデパートを考えてみよう。その状況での人的ミスは、商品情報の誤入力につながり、店舗の在庫に影響をおよぼす可能性がある。自動化では、製品をバーコードや光学文字認識(OCR)でスキャンすることで、製品情報が自動的に認識・入力されるため、人的ミスが排除される。

構造およびアクセシビリティ

パフォーマンス管理、予測モデリング、アナリ ティクス、データマイニングで活躍する BI は、報告用データの構造およびアクセス方式に大きく依存する。例えば、ある人の雑貨店での買い物に関するデータを考えてみよう。データを探しやすいと、売上目標、実際の製品、実際の売上、部門別諸経費等の分析を速やかに行うことができる。また、ブランドロイヤルティ、飲食の好み、買物頻度等の顧客行動を分析し、特定の顧客にターゲットを絞った割引やキャンペーンを提供することもできる。Amazon、Target、Kroger 等の小売企業 は、このような方法を効果的に活用し、顧客満足度や顧客維持を強化している。

人工知能

データを解釈して予測分析を行うため、人工知能(AI)をデータストリームに組み込むことは、新しいマーケティング戦略の策定を成功させる。その方法は業種ごとに異なる。例えば、テクノロジーを活用したフィットネス分野のスタートアップの多くは、AI システムを採用してライフスタイルに関する警告を発し、いち早く健康状態を正確かつタイムリーに診断している。このような予防的・予測的分析は、疾病予防につながる。また、AI は、製品の提案により、フィットネスコーチや栄養士の実際の指導を代行することにも使用できる。

AI システムを活用する最大の利点の 1 つは、容易に規模を拡大できるところである。人間が介入しなくても、対象範囲を何倍にも広げることができる。

規制要件

自社で保有するデータの管理を行う組織は、プライバシーを守り、個人データの不正利用を防ぐ責任を有する。実際、このような要件は、EU の一般データ保護規則(GDPR)等の規制要件によって厳しく強制されている。要件を遵守しない場合、組織には広範囲におよぶ影響があり、厳罰が科されることはもちろん、評判の悪化にもつながる。

これは、サードパーティのサービス提供者が重要な組織のエコシステムの一角を担っている今日の環境において、特に課題となっている。サードパーティがトランザクションの実行と処理に携わり、事業体のマスターデータおよびトランザクションデータにアクセスする場合、そのプロセスとシステムがデータの整合性と保護に関するガイドラインや要件を満たすように、評価することが重要である。すなわ ち、仕入れの外部委託によりサービス提供者がベンダーデータベースにアクセスする場合や、銀行または保険企業が取引の処理を外部委託している場合などである。

バックアップと復旧

データはあらゆるビジネスにとって生命線であ る。組織の業務はデータ可用性に大きく依存している。したがって、データ戦略に関する議論で は、バックアップと復旧を含めるべきである。この問題の重大さは業種や事業体ごとに異なるが、バックアップと復旧を自社のコンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)の一環として計画していない組織は、生き残りに大きなリスクを抱えることになる。

銀行のシステムがダウンした状況を想定してみよう。その場合の取引の喪失と長期のダウンタイムは、数百万ドルの損失となりかねない。また、航空会社の例も挙げてみよう。発券システムがダウンし、復旧に時間がかかる場合、その金銭的損失は莫大な額に上る。

詳細な復旧計画には以下の項目を含めるべきで ある。

  • 行動手順
  • 緊急連絡先
  • 重要度順の機能復旧の順番

さらに、バックアップおよび復旧の計画では、火災、洪水、地震等の緊急事態を想定し、ストレージサーバーの代替処理サイトを用意しておく必要がある。

結論

組織におけるデータの役割は、過去の結果に基づく受動的な意思決定の支援から、予測モデリングを促進するデータアナリティクスに基づく積極的な意思決定の支援へと、劇的に変化してきた。したがって、データ戦略では、従来のコンプライアンス、セキュリティ、完全性の要件を満たしながらも、リアルタイム可用性とデータ共有を取り入れる必要がある。(自社のニーズや業務範囲に基づいて)このような要素に適応し、堅牢なデータ戦略を策定する組織には、繁栄の道が拓かれるだろう。

Rajul Kambli, CISA, CMA
Schlumberger社のビジネス・プロセス・マネージャを務め、グローバル会計、計画策定、予算編成、プロジェクト管理、財務・システム監査の分野で15年を超える実績を有する。現在は、テキサス州ヒューストン(米国)を本拠地とするグローバル・トランスフォーメーション・チームの一員として、レビュー、ギャップ分析、最適化、プロセス改善、予備アセスメントに携わっている。前職は、様々な産業で財務部長として、コンプライアンスの推進、流動性資産の創出、ビジネスパートナーへの効率的なコスト管理の助言を行っていた。