デジタルトランスフォーメーショ ンのガバナンスに備えた取締役 会の体制強化

Author: Guy Pearce, CGEIT, CDPSE
Date Published: 1 September 2019
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ITガバナンスに欠けているもの、そして、デジタルトランスフォーメーション(DX)に必要な指示を下す上で、取締役会の技能と適性にも欠けているものは、取締役会がDXを統制するための体制を整えておらず、DXを効率的に実現するために必要な判断力にも欠けていることである。1

必要なのは、こうした欠点を埋める手段と、取締役会が自社のデジタルトランスフォーメーション戦略の効果について、経営的に意義のある質問ができる能力を身に着けることである。

デジタルトランスフォーメーションのガバナンス(統制)の最終的な目標は、経営陣による事業戦略の技術的解釈(それ自体がDXの影響を受けている)が一貫し、その展開がビジネスドライバー (図表1参照)に対応して期待される価値(図表2)を生み出すように確保することである。2

図表1は、デジタルトランスフォーメーションの主な推進要素に顧客が関与する様子を示している。3 言い換えれば、デジタルトランスフォーメーションは、従来の競争による圧力に対応するだけではなく、カスタマー・エクスペリエンスにも対応するものである。カスタマー・エクスペリエンスは、デジタル化が進む現代における新しい通貨として、組織が生き残るために欠かせない要素になりそうだ。4 事業体のITガバナンスの目的は、組織の戦略に沿った価値創出を確保することである。したがって、デジタルトランスフォーメーションは、マネタイズの過程において、顧客が組織とのやり取りに期待する機能として解釈できる5

デジタルトランスフォーメーションの統制:一般的な概念よりも効果が高い

世界経済フォーラム(WEF)は、既存のビジネスプロセスに新しいテクノロジーを加えるだけの場合(これにより、組織にはテクノロジーによる差益のみがもたらされる)と、導入するテクノロジーの内容に合わせてビジネス全体を考え直す場合(これにより、テクノロジーの恩恵がより多くもたらされる)との違いを対比した。

分かりやすくするため、20世紀初頭に電力が商業利用された時の状況を考察してみよう。当時、組織は既存のテクノロジーに電力を上乗せしただけであった。ところが、電力化の完全な効果は、「電動機器の基礎的な機能」に従って工場全体を設計・構築しないと得られないということに気付いた。6

もう1つの例は、ビジネスにおけるコンピュータの登場である。数十年のあいだは生産性がわずかに改善されるほどの効果しか得られなかったが、組織全体、果ては業界全体までもがコンピュータを中心に再編されると、ついには「真の利益」が得られ、デジタルビジネスモデルが登場することとなった。7

現代の例として、マシンラーニング(ML)テクノロジーを銀行のマネーロンダリング対策(AML)ビジネスユニットに応用する事例を考えてみよう。 MLを展開することで、誤検出が疑われるトランザクションの量を減らし、解析時間に浪費されるコストをなくすことができる。とは言え、メガバンクの場合、その利益は見劣りがする。

対照的に、銀行のチャネル(テラー、現金自動預け払い機(ATM)/自動バンキング機(ABM)、携帯電話、キオスク、モバイルデバイス、デスクトップ、コルレスバンク等)から、疑わしい取引の規制当局への提出まで、AMLプロセスの包括的なデジタル化は、利益の増大をもたらす。利益とは、たった1つのプロセスではなく、関与するすべてのプロセスの総計であるからだ。後者は、ビジネスユニットのトランスフォーメーションを構成する。

組織の主な運営プロセス(バリューチェーン)は、事業体のデジタルトランスフォーメーションの範囲を規定する(図表3)。デジタルトランスフォーメーションの持続可能性を約束することで、組織はその範囲のトランスフォーメーションに着手することができ、前述のビジネスユニットのトランスフォーメーションよりも大きな利益をもたらす。

その影響の大きさを考慮すると、事業体のデジタルトランスフォーメーションは、変更の十分な論拠(事業体の問題の意見表明)を識別し、変更要件に対処する危うさに大きな注意を払いつつ、明確化された事業体戦略計画を定義・実行しなけれ ばならない。事業体計画の状況を鑑みずにプロセスまたはビジネスユニットのデジタルトランスフォーメーション構想を推し進めると、時間の経過とともに統合は悪い方向へ進み、期待していたよりも実現する利益が小さくなり、それどころか、より大きなリスクとコストを組織にもたらす可能性すらある。

デジタルトランスフォーメーションは、単なるテクノロジーが実現するビジネスをはるかに超えるものである。むしろ、組織のビジネスのあり方を革命するテクノロジーイネーブルメントを、ビジネス全体に拡大したものである。8 したがって、求められるガバナンスの本質は、取締役会のITガバナンス委員会によるテクノロジー統制等よりも、ビジネス統制の比率のほうが大きい。つまり、組織がデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいるかどうかは、運営モデルとビジネスモデルに加える変更の度合いを見れば分かる。デジタルトランスフォーメーションはテクノロジーだけの問題ではないため、9 組織がデジタル事業体になるためには、ビジネスのあらゆる要素を見直す必要がある。10

図表3に示すインプットとアウトプットの有用性の構造に注目しよう。このメカニズムを見れば、人工知能(AI)、ロボティック・プロセス・オートメーション、ブロックチェーン等のテクノロジーをシンプルに理解できる。テクノロジーには今でもブラックボックスな部分があるが、テクノロジーの理解は、テクノロジーがインプットする内容の把握から始まり、アウトプットとして創出されるものがテクノロジーの機能に貴重な洞察を与える。

組織統制の概況

WEFでは、デジタルトランスフォーメーションの4 つのテーマを規定している。すなわち、デジタルビジネスモデル、デジタル運営モデル、デジタル人材、デジタル・トラクション・メトリクス(デジタル化の進行状況の測定指標)である。11 各テーマの相互関係を考察する前に、まずは「運営モデル」と「ビジネスモデル」について定義することが重要である。

運営モデルは、組織がその内部/外部の顧客にどのようにして価値を提供できるかに関するモデルである。会計、リスク、IT、人事等の部門スタッフは内部顧客(組織のその他の部門)を持ち、営業やオペレーション等のライン部門は、外部顧客に製品やサービスを提供することでマネタイズする。運用モデルには、人(組織)、プロセス、テクノロジー(システムと情報)のほか、場所やサプライヤ等の諸要素が含まれる。12 事業体文化、ガバナンス、評価も運用モデルに含まれ、13 建物、特許、その他の知的財産等の資産や資源も同様である。14 漁業、林業、鉱業、農業、製造業等の業界によっては、設備や機器が運用モデルで大きな役割を担う。

残念なことに、一部では運用モデルの3要素(人、プロセス、テクノロジー)のみで事足りると信じられている。ところが、保険会社等のサービスビジネスでさえ、事業体文化(IT統制環境において欠かせない要素)15 等の運用モデル要素をはるかに超える要素を持っている。組織に及ぼすデジタルトランスフォーメーションの効果を適切に判定でき るようになるためには、組織に適用されるすべての運用モデルの構成概念を理解することが最善である。

ビジネスモデルは、組織が利益を上げるための戦略であり、ターゲット市場で販売するために組織が計画する製品およびサービスが含まれる。16 (チャネル)、価格設定、広告もビジネスモデルの要素に含まれる。 17

図表4では、販売を目的とした商品・サービスの設計と開発(すべて運用モデルに含まれる)から、決定した価格で販売するためにターゲット市場に商品を展開する(すべてビジネスモデルに含まれる)までの一連のフローに注目することが重要である。このフロー(バリューチェーン)では、販売する商品とサービスの生産コストよりも販売価格の方が大きくなるように18(すなわち、利益が大きくなるように)、運用モデル、ビジネスモデル、顧客を関連付けている。

また、WEFのテーマ(図表4の赤い文字)は、事業体のオペレーション全体を上から下までほとんど網羅しており、デジタル組織がビジネス部分だけのデジタル化を意味するのではなく、デジタルトランスフォーメーションには組織全体が関与することを強調されていることにも注目したい。

図表4の要素を相互に関連付ける包括的な構造は、組織の存在理由と、それを成就させるために組織に欠けている要素を確認するものである。これを組織戦略という。組織戦略では、組織が(予算編成を通じて)期待する見返りを指定する。これを実現するには、特定の商品やサービスを、特定のターゲット市場へ、特定の経路で販売する必要があるが、それらのフローはすべて、商品やサービスを最も効率的に生産し、流通させるように運用される。

戦略的統制の概況

図表4で言及した戦略は、組織の運営環境に関する共同研究の成果である。

図表5では、Strengths(強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(機会)、Threats(脅威)の4 領域によるSWOT分析で、組織の長所と短所を内部(強みと弱み)および外部(機会と脅威)の両面から分析している。Political(政治)、Economic(経 済)、Societal(社会)、Technological(技術)、 Legal(法律)、Environmental(環境)の6領域によるPESTLE分析では、組織が取り巻く環境から受ける影響を分析する。ポーターのファイブフォース分析19では、外部から作用する要因の観点から組織を分析する。その他にも数多くのツールを競争環境の分析に使用できるが、個々で説明する範囲においては、これら3つの分析を統合すれば十分である。

組織は、業界内のデジタル化の波によって脅威を受ける場合もあれば(ゆえに、自己防衛的に「デジタルディスラプション」というレッテルを貼っている)、ビジネスのやり方を変えて競争力を高めようと、テクノロジーを活用する機会を見据えている場合もある。図表1は、競合他社および組織の顧客から、複数の方面にわたるパフォーマンス改善のプレッシャーがかかっていることを提示した。また、新規参入業者や代替品によるプレッシャーもかかっており、一部の組織では言い訳がましく「ディスラプション(変革)」とみなされている。

戦略的分析により、組織は内部の強みを活かしてビジネスチャンスを利用するために、適切なビジネスモデルおよび運用モデルを整備しているかどうかを理解しやすくなる。デジタルトランスフォーメーションにより、組織は競争力を発展させたり、ディスラプションに対応する力を身に着けたりすることができる。ビジネスとITとの整合性が悪いとビジネスが危機に陥りやすいが、組織の運営環境と、マネタイズするための環境編成との整合性が悪くても同様の結果となる。

デジタルトランスフォーメーションの推進要素は、事業体の組織戦略策定プロセスへのインプットそのものであることを理解することが重要である。事業体戦略は、ビジネスモデルと運営モデルに対して組織が行う意思決定に影響を及ぼす。

デジタルトランスフォーメーションのガバナンス構造

では、デジタルトランスフォーメーションのガバナンスを追求するにあたり、デジタルトランスフォーメーション活動に関して取締役会が経営陣に対してすべき質問の枠組みを作るには、今までの考察をどのように役立てればよいだろうか?マイクロスケール、メソスケール、マクロスケールの3 レベルの質問がある。

マイクロスケールの質問(図表2)
マイクロスケールの質問は、優れたコーポレート・ガバナンスと切っても切れない関係にある。とりわけ、ガバナンス活動が定義されたリスク選好度(コントロール前)を超えて組織をリスクにさらす場合にはなおさらである。マイクロスケールの質問は、提案されたデジタルトランスフォーメーションの範囲に極めて細かいレベルで関連する。単数のプライマリプロセスか、ビジネスユニット向けの複数のプライマリプロセスか、それとも組織のすべてのプライマリプロセスか?いずれの場合も、介入において依存関係とリスク要因は何か?また資源の要件は何か?

メソスケールの質問(図表3)
メソスケールの質問は、提案されたデジタルトランスフォーメーションの深さに中間レベルで関連する。それは運営モデルレベル、ビジネスモデルレベル、戦略レベルのどれに該当するか?運営モデルレベルの場合は、ビジネスモデルにはどのような影響をおよぼすか?ビジネスモデルレベルの場合は、運営モデルのサポートにどのような影響があるか?この場合、テクノロジーに関するより基礎的な質問は、提案された利益、成熟度、サポート、運営コスト、構造の適合性、戦略の整合性に関してされる典型的な技術的質問と関連するようになる。繰り返しになるが、介入において依存関係とリスク要因は何か?また資源の要件は何か?

マクロスケールの質問(図表4)
この質問は、組織の運営環境を考慮したデジタルトランスフォーメーション対応の本質に最高レベルで関連する。デジタルトランスフォーメーションは、どのようにして組織の強みを活用するか?機会は適切に整理され、デジタルトランスフォーメーションは、どのようにしてそれを活用するか?脅威は適切に整理され、デジタルトランスフォーメーションは、どのようにしてそれを軽減するか?競合他社はどのように反応するか?顧客に向き合った開発をする場合、ほとんどの顧客が開発に対して好意的に応えてくれるようにするために、何を実践しているか?開発は競合他社が複製しやすいものか?近い将来にファストフォロワーが開発することはあるか?

このような質問は、組織がIT投資から期待する価値(図表2)を生み出し続ける可能性を判断するためのスターティングブロックとなる。

結論

デジタルトランスフォーメーションは、テクノロジーの枠をはるかに超えるものである。とは言え、取締役会の席をテクノロジーの達人で埋める必要はない。むしろ、「ビジネスとテクノロジーの交差点において、何を実現できるかを理解する必要」があり、組織20 の競争力と持続可能性を維持または増大させるため、テクノロジーが組織を変革する仕組みの構築を手助けするための体制を整えなければならない。

これは、より優れた運営モデル、より優れたビジネスモデル、より優れたカスタマー・エクスペリエンスを見分けることができるようになるほど、取締役会が新しいテクノロジー環境とビジネスを十分に理解する必要があることを意味する。このように、テクノロジーの知識に欠ける取締役でも、デジタルトランスフォーメーションの統制を適切に実施し始めることができる。

COBITに結びつけて振り返ると、組織の競争上の位置のシフト(図表5)、ビジネス運用モデルの変化(図表4)、重要なパラダイムシフト(デジタルトランスフォーメーション)、新しいビジネス戦略、ITから得られる価値を大幅に高めたいという欲求はすべて、COBITにより事業体ITのガバナンスレビューのトリガーとして定義されており、21 取締役会が自社のITガバナンスで応用する絶好の手段である。デジタルトランスフォーメーションは段階的なプロジェクトではなく、組織全体に影響をおよぼす事業体の取り組みである。その結果、デジタルトランスフォーメーションが求めるのは、組織の競争力および持続可能性を増幅させるどころか、最終的には妨げかねない、最適ではないデジタルトランスフォーメーションの意思決定および行動から、組織を保護しやすくするための品質の統制である。

脚注

1 Pearce, G.; “Digital Transformation? Boards Are Not Ready for It,” ISACA Journal, vol. 5, 2018, https://www.isaca.org/archives
2 Nayak, S. K.; Digital Transformation Roadmap: The Case of Nova SBE’s Executive Education, Nova School of Business and Economics, Portugal, 2017
3 European Data Portal; “Read the Report on Open Data & Digital Transformation,” 19 January 2016, https://www.europeandataportal.eu/en/highlights/read-report-open-data-digital-transformation
4 Ord, R.; “If You Don’t Provide a Great Customer Experience You Won’t Survive, Says Zendesk CEO,” WebProNews, 18 May 2019, https://www.webpronews.com/zendesk-customer-experience/
5 Carrara, W.; S. Fischer; F. Oudkerk; E. Van Steenbergen; D. Tinholt; “Analytical Report 1: Digital Transformation and Open Data,” European Data Portal, December 2015, https://www.europeandataportal.eu/sites/default/files/edp-analytical-report-n1-digital-transformations.pdf
6 Bruner, J.; “The Latest Technology Isn’t Enough—You Need the Business Model to Go With It,” World Economic Forum, 5 April 2019, https://www.weforum.org/agenda/2019/04/the-latest-technology-isnt-enough-you-need-the-business-model-to-go-with-it/
7 同上
8 Ismail, M. H.; M. Khater; M. Zaki; “Digital Business Transformation and Strategy: What Do We Know So Far?” University of Cambridge, England, January 2018, https://www.researchgate.net/publication/322340970_Digital_Business_Transformation
_and_Strategy_What_Do_We_Know_So_Far

9 Kane, G. C.; D. Palmer; A. Nguyen Philips; D. Kiron; N. Buckley; “Strategy, Not Technology, Drives Digital Transformation,” MITSloan Management Review, 14 July 2015, https://www2.deloitte.com/insights/us/en/topics/digital-transformation/digital-transformation-strategy-digitally-mature.html
10 World Economic Forum, “Four Themes of Becoming a Digital Enterprise,” http://reports.weforum.org/digital-transformation/becoming-a-digital-enterprise/
11 同上
12 Rouse, M.; “Definition: Operating Model,” TechTarget: WhatIs, https://whatis.techtarget.com/definition/operating-model
13 Strategy&, “Our Solutions—Operating Model,” https://www.strategyand.pwc.com/cds/operating
14 Wilson Perumal & Company, “A More Effective Way to Think About Your Operating Model,” 15 May 2015, www.wilsonperumal.com/blog/blog/a-more-effective-way-of-thinking-about-your-operating-model
15 Pearce, G., “The Sheer Gravity of Underestimating Culture as an IT Governance Risk,” ISACA Journal, vol. 3, 2019, https://www.isaca.org/archives
16 Kopp, C.; “Business Model,” Investopedia, 20 April 2019, https://www.investopedia.com/terms/b/businessmodel.asp
17 Financial Times, “Definition of Business Model,” http://markets.ft.com/research/Lexicon/Term?term=business-model
18 MindTools, “Porter’s Value Chain: Understanding How Value Is Created Within Organizations,” https://www.mindtools.com/pages/article/newSTR_66.htm
19 Institute for Strategy and Competitiveness, The Five Forces, Harvard Business School, Cambridge, Massachusetts, USA
20 Op cit Kane et al.
21 ISACA, COBIT 2019 Implementation Guide: Implementing and Optimizing an Information and Technology Governance Solution, USA, 2018, www.isaca.org/cobit

Guy Pearce, CGEIT
様々な企業の取締役を歴任し、現在は小売信用業務の多国籍企業で最高経営責任者(CEO)を務めている。こうした経験を通して、ガバナンス、リスク、IT、データに現実的に期待されるものについて、深い洞察を得ることができた。20年にわたる企業におけるデジタルトランスフォーメーションの経験を活かし、 ISACA® Journalで発表された最新論文の研究中に発見したガバナンスギャップをテーマに、トロント大学(オンタリオ州、カナダ)で取締役および経営幹部向けのデジタルトランスフォーメーションの講座を持っている。2019 ISACA Michael Cangemi Best Author Awardを受賞し、デジタルトランスフォーメーションに関するコンサルティングも行っている。特に興味がある分野は、ガバナンス、リスク、コンプライアンス、データである。